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投影の心理

こんにちは、蒔恵です。

今朝あった保育園の出来事で、いろいろ考えさせられました。

その後もずっと沈んだ気持ちでいたのですが、少し気づいたことがあるので書いてみます。

目次

気になった点                                     

引っかかっていた点が2つありました。

1つは息子が三輪車を抵抗なく取られてしまったこと。

いやだも止めても言わず取られて、他に三輪車がないか探しに駆け出していった。

そして無かったからギャン泣きで私に助けを求めてきた。

そこに、私の感情が刺激されました。

もう1つは私が先生にどう思われるかを、実はすごく気にしていたということに気づいたこと。

そして周囲の人にどう思われるか気にしている自分の在り方はカッコ悪い!そんな弱い心を持った自分はなかったことにしたいと、自分を無視していることに気づいたんです。

自分のために立ち上がってほしい

もし息子が三輪車を取られたときに「いやだよ!」「やめてよ!」など何らかの言葉を発したり、抵抗する様子を見せていたら少しはホッとしたかもしれません。

でもやられっ放しのところが私の感情を揺さぶりました。

そして息子には、イヤなことがあったら自分のために立ち上がる姿勢を見せてほしいと思いました。

でもたった3歳のわが子…。なぜそこまで反応してしまったんだろう??

そう考えると、私自身「自分のために立ち上がる」ということがなかなかできない人生を歩んできたことが思い出されました。

それはとっても損な生き方です。

だからそんな自分に似てほしくない、

そんな自分じゃダメだ

そんなんじゃ人生でイヤな思いをすることが多くなるだけ!

っていう焦りを息子に投影したような気がします。

自分のために立ち上がってほしいというのは

私から息子への気持ちではなく、私から私への言葉だったのかもしれないと思いました。

周りの人にどう思われるかが重要?

私は中・高となかなか学校に行けなかった時期があります。

当時は不登校なんて言葉はなくて、登校拒否って言われてました。

当時は学校に行かないのはあり得ないことだったので、両親は私の気持ちを聞く前に、世間体だけをひたすら気にして怒っていました。

それがすごく悲しかったです。

だからこそ、世間体なんて気にしない風に生きている人、自分の感覚を信じて生きる人に強烈な憧れがあり、NYまで自由を象徴する著名人の個展に行ったりしたんです。

・・・なのに、私はずっと普通の生き方ができない自分を受け入れられませんでした。

普通の生き方とは、

大学を出て、誰もが知る大手企業に就職して、たくさんの友達がいて、仕事でめちゃくちゃ活躍して、30前までに結婚して子供を産んで裕福な人生を生きる。

みたいな感じです。

今気づきましたがこれは両親が私に望んでいたことでした。

私はそれを叶えることができなくて、自分に失望していました。

そしてレールから外れた生き方をしている自分に劣等感を感じていたんです。

劣等感があると人からの批判が怖いです。

だからこそ、いつでもいい人だと思われたいし、物分かりのいい人、いつも笑顔の人を目指してきました。

・・・これじゃあ息苦しいのは当たり前ですよね(笑)

この出来事から得たことは

今日の出来事から得たことは

◆ 今後万が一、私が不当な扱いを受けたときは、自分を大切にするために立ち上がることを決意できたこと。

そして両親の望む人生を実現できなかった自分を今更ながらも「それでも大丈夫だよ」って心から受け入れてあげたいと思います。書きながら涙が出てきます(*_*;

今回の出来事は自分の外側で起こったことですが、やっぱり原因は自分の中にあったんだなと思います。

自分を大切にする生き方ってなんとも漠然としてますが

今までできなかった分、「これからはどんなことがあっても私自身の味方でいてあげたい」と改めて思えました。

いいことに気づいた気がします。

読んでくださってありがとうございました!

 

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